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白い悪魔!

 急に醤油かけご飯が食べたくなった。醤油掛けご飯! そんなものを思い出すのも十年以上ぶりのようなきがする。あんなもののどこが美味いのだか。そもそも健康に悪そうなことはなはだしい。だがしかし、醤油ご飯のことを考えるたびに、のどの奥からよだれがじんわりと沸いてくる。ほくほくのご飯、そう新潟産の新米がいい。新米のさわやかに甘みのある香りが、醤油と絡み合い、まるで完成された料理のような旨そうなにおいを奏でるのだ。さらに炊かれ方はすこしくらい硬く炊く。そうすることで米はより薫り高く、さらに醤油によってすこしだけずぶずぶとゆるくなった米が、また旨いのだ。醤油ご飯を無骨で大雑把な料理だと侮るなかれ、その実、繊細で極上の飯なのである。口の中に醤油の染み付いた米を放り込むと、白い湯気とともに、醤油の揮発するなんともいえないしょっぱい味が立ち上る。嗚呼。
 まずい、考えれば考えるほど醤油ご飯が食べたくなってきた。おかずは何もいらない。そうだな。焼き海苔くらいは一緒に添えてもいいかもしれない。しかしそれ以外はまったくの無用だ。それはたとえば探偵と館のような切ろうにも切れない間柄で、館に探偵とそろえばもう殺人事件が起こるしかない。仮に誰かが首吊り自殺をしても、いやいやこれは自殺なんかじゃない! 殺人事件だ! と誰もが思うに違いないのだ! つまり、そこに茶碗がある、炊き立ての米がある、そして醤油がそろえば……醤油掛けごはんだ!! と心の中の本能が叫ばずにはいられないのである。料理のさしすせそというものがあるが「さいきょうに、しかも、すばらしい、醤油掛けご飯よよ、そして永遠に」の略かもしれない。それほどに醤油掛けご飯はすばらしいのだ。
 くっ……いかんいかん。醤油掛けご飯がほしくてほしくて仕方なくなってきたぞ。あんな塩分と炭水化物だけのものを、食い物とみとめていいのだろうか。そこいらにある格安ファーストフードにも劣る、ただの餌ではないか。人は餌によって生きるのであらず。醤油掛けご飯によって生きるのである。いや違う。醤油掛けご飯から離れろ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。よし。離れたぞ。
 煙草をすって一息つく。ふう、穢れた食い物に犯された頭が、徐々に健常へともどってきたようだ。しかしなんだ、この煙草の煙というものは、まるで立ち上るご飯の湯気のようではないか。ご飯の湯気はなぜあんなにも白いのだろうか。ご飯の白さが抜け出しているのかもしれない。それはいけない、どんどんご飯のご飯らしさが空気へと溶け出してしまっているのではないか。しかし、そこに醤油を掛ければ、なぜだかたちまち立ち上る湯気はぐっとへるのだ。つまり暖かいご飯に醤油が掛けられることで、ご飯の熱が醤油へとつたわり、醤油の水分が蒸発することによって、逆にご飯から直接湯気が立ち上らない。つまり、気化熱というやつだな。ご飯の中にあるご飯らしい白い湯気は大気へと放出されず、ご飯の熱だけが醤油に含まれる蒸発しやすい成分とともに飛んでいく。そのことにより、ご飯を勢いよくかきこんでも口の中をやけどすることはなく、しかし、それまでに空気中に混じったご飯の甘い香りに、醤油のしょっぱい香りが混ざり合い、白と黒のハーモニーが部屋中に満たされるのであるいやいや、醤油ご飯なんて醤油ご飯なんて食べてたまるか。今夜の夕飯はスパゲティにしてやる、そうだ、スパゲティだ。カルボーナーラだ。カルボーナーらの作り方はまず、卵を……ああそうだ、いっそのこと卵掛けご飯でもいい。しかし不思議なことだが、ご飯に卵だけを掛けた場合と考えて、ご飯に醤油だけを掛けた場合と比べると、後者のほうが圧倒的においしそうな気がするではないか。これはつまり「卵掛けご飯」という名であるがその実体は醤油掛けご飯であり、醤油のかかっていない卵掛けご飯などありえない、もう醤油だけ掛ければ良いかという……いやいや、カルボナーラを考えるんだ。スパゲティに醤油は会わないに違いない、むしろ卵のほうがあう。そう、スパゲティは醤油無しに卵と完全なコラボレーションをくめる素晴らしい逸材なのだ。この完璧な布陣に醤油もご飯も出てくる隙はあるまい。梃子でも醤油掛けご飯のことなど今夜は考えないぞ。考えてたまるか。
 にやりと、夕飯について思いを寄せていると斜め向かいの家から女性が出てきた。見知った仲なのでぺこりと会釈する。彼女の苗字は表札によると大森さんといい、何度かチャットで話をしたことがある。あのインターネット上で文字による会話ができるチャットだ。といっても彼女「チャットは一日一時間」と決めて、節制のあるインターネットの使い方をしているすばらしい女性なので、そこまで話をしたことがあるわけでもない。彼女とチャットを使って話す一時間は楽しい時間であるが、あっという間に過ぎてしまうのである。お互い、チャットのほかの連中には近所仲間であることを隠しているが、チャットで会話しているときにお互いだけが了解できる話題をさりげなく入れあったりして、なかなか微妙ながら、こそばゆい関係であったりするのではないだろうか。
「味噌太郎さん、こんばんわ」
 彼女が私に声を掛けてきた。チャット上で使うハンドルネームで面と向かって呼ばれるのも恥ずかしい。おたがい、じかに会うときには本名で呼ぼうときめているのだが。お返しにと、彼女のハンドルネームを使って返事をした。
「こんばんわ。ほっかほかさん」
 ハンドルネームほっかほかさん、本名大森さん。ほっかほか……おおもり……ふと、思い出したのはアニメ版日本昔話だった。あのアニメにでてくるご飯の大盛りが妙に美味しそうに見えたのを覚えている。茶碗の三倍以上もりあげられたほかほかの白米を、「いただきまーす」と登場人物たちは旨そうに食べ始めるのだ。てんこ盛りどうかんがえても行儀が悪すぎるし、そもそもあの量の米を高く高く盛り上げるには相当の修練が必要に違いない。あそこに醤油をたらーりとたらすと、上から醤油が染み渡り染み渡り、さぞかし旨そうな醤油飯になるにちがいない。くっ!! しまった醤油掛けご飯のことを考えてしまったぞ! しかもあまつさえ、
「醤油飯」なんて、醤油掛けご飯を気安く呼んでしまったではないか。己がどんどんと醤油掛けご飯人になっていく……まずい、このままでは私は崩壊してしまう。塩分と炭水化物だけの餌を美味いと感じる味覚音痴になってしまう。念じろ、念じろ。南無阿弥陀、南無阿弥陀、カロボナーラ、カルボナーラ。く、だめだ、いちど醤油掛けご飯にここまで思考を侵食されると簡単に追い出すことはできない。このまま一人で夕飯へと突入してしまえば、醤油めs……いや醤油掛けご飯は免れないだろう。
「おい、ほっかほか!」
 突然大声で呼びかけた私に驚き、彼女は数歩後ずさった。
「な、なんですか」
「俺と夕飯を一緒に食べてくれ。後生だ!」
 するとほっかほかさんは少しごにょごにょと恥ずかしそうに何かを言いかけた。なんだろう、と耳を済ませて聞く姿勢をとると、彼女は恥ずかしそうに。
「私、今夜はお味噌汁掛けご飯が食べたくて仕方ないんですがいいですか」
 といった。ええい、ままよ。


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