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スルメ

 我輩はスルメである。名前はまだない。いや、「スルメ」である。
 スルメは名前では無いという輩もいるかもしれないが。しかし我輩の名はスルメであるのだと思う。ちなみに種族名は「イカ」だ。
 人間に釣られ、そして物干し竿で干されてからは「スルメ」と呼ばれるようになった。生まれてからつけられたそれは、名前、と言って呼んでも差し支えないと思う。

 よって我輩は「スルメ」なのである。

 我輩がまだ「スルメ」と言う名前を人間から貰って間もない頃。隣りに干されていた古参のスルメがどこかへと連れて行かれてしまった。彼には何かと世話になていたので、いなくなった後、我輩は大層悲しい思いをした物である。
 かれも「スルメ」と呼ばれており、そして彼がいなくなりいまは我輩が「スルメ」と呼ばれている。
 つまり我輩は彼の後継者であり、「スルメ二世」なのだろう。いや、もしかすると彼の前にもスルメの名を持つイカはいて、代々その名前が襲名され続けたのかもしれない。そうすると我輩は二世どころか十四世や十六世とかなのかも知れない。それならばそれでルイ十四世、十六世みたいで風格がある。

 さて我輩の友人の一人に「イカトックリ」と言う者がいる。
 我輩と違って、もうイカの形をしてはいないが、彼は彼でなかなか面白い。口の方も達者だ。
 ある日我輩が彼に、
「なぜ我々は捕まったのだろう?」
 と尋ねると。
「そりゃあ人間が俺たちを飼いたいからさ。でもイカは陸の上では生きてはいけないだろう? だからこうやって天日干しをして、陸にいても問題ないようにしているのさ」
 というのだ。
 我輩は彼の博識ぶりに感動して、また尋ねた。
「飼うということは、エサや住処の心配をしなくてもいいんだろう? しかし私は一度も食べ物の類いを与えられたことは無いぞ」
「そりゃあお前。あんたがまだ一人前のスルメになっていないからさ。何にもしないでいい事してもらおうとしちゃあいけねェ。自分も早くいっぱしのモンにならなぁな」
 確かにその通りだ。我輩は頷いて見せた。
「では私も努力して、早く一人前になるよう目指そう。しかし人間に飼われる様になったら、さぞかし美味いえさを食えるようになるのだろうな」
 私の疑問に、彼は当たり前だと頷くと、
「お前さんも覚えているだろう? ここに連れてこられるときにどうされた? 美味いエサにつられて人間さん達に捕まった口だろう? アレは美味かったなぁ。きっと本格的に人間さん達の下にくぐれば、あの時よりもいい物を一杯食わせてもらえるだろうさ」
「ああ、そうにちがいない。しかし、こうカラカラに干されちまうと美味い物が食べ難くならないかね?」
「それは大丈夫さ。まずはだな、酒で俺達の身体をふやかしてからいいエサを貰うんだよ」
 と、イカトックリは、水差しのような自分の身体の上にある注ぎ口をさして「ここから入れるんだ」と言った。
「最初は酒を振舞ってくれるのかい? ずいぶん気前がいいなぁ。何か裏がありそうに思えてきたよ」
 と我輩が呟くと、我々が干されている所へ、話題の人間たちが入ってきた。
 人間の雄雌の区別は我輩にはわからないが、イカトックリによるとアレは二人とも人間の男だそうだ。
 二人の人間は豪快に笑うと、片方の男が手近な我輩の仲間を一匹、物干し竿から降ろす。奇遇なことに彼も我輩と同じくスルメと呼ばれているようだ。
 そしてもう一人の人間は、七輪と呼ばれるタコツボのような物を持ってくる。
「アレは何が始まるのだ?」
「あれか? 見ていれば、なぜオレ達を好んで人間が飼うかの理由がわかるぞ」
 言われた通りに見ていると、男はそのイカを七輪という物で焼き始めたのだ。
「や、焼いているぞ! 火あぶりだ! あいつは何か、人間の気に障るようなことでもしたのか!」
「まあまあ、あんた。そう気を立てないで見てみなよ。あの人間たちは別段怒っているようにも見えないじゃないか」
 観察してみれば、なるほど。たしかに何かをされてその腹いせ、という様子ではない。
「あれはな。俺達の香りを楽しんでいるのよ。お香と同じさ。まちょっと熱いぐらいは我慢しなさいよ。なんてってそれに見合う暮らしが保障されるんだから」
 まあ確かにそうなのかもしれないが。
 我輩が見ている中で、二人の男は香ばしくなった我輩達のイカ仲間を、嬉しそうに焼いている。途中ですぐそこにある掘っ立て小屋から別の人間が顔を出した。手には一升瓶を持っている。
「おお、酒じゃないか!」とイカトックリが小さく黄色い悲鳴をあげるのが聞こえた。
 イカを焼いていた男たちは、その「スルメ」と呼ばれる我輩達の仲間をつまむと、七輪の火を消すのも忘れ小屋の中へと入っていった。
 少しして、その小屋から聞こえるのは、まるで宴会でもしているかの様な笑い声。きっとあのイカを可愛がって騒いでいるのだろう。
「羨ましいねェ」とイカトックリが呟いた。
「きっとあの小屋の中で、美味しいえさや、さっきの男が持っていた酒をたらふく貰っているんだぜ? あーあ、俺もはやく、ニンゲンサマに飼って頂きたいものだねェ」
 まったくその通りだ。
 羨望と期待を抱きつつ、我輩は笑いの溢れるその掘っ立て小屋を見続けていた。


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