「あの中にはね、何年も何年も、一秒ごとに針を動かしている凄い人がすんでいるのよ」 古い柱時計を指差しながら、祖母がそう言っていたのはいつのことだろうか。 お通夜の静かな夜に、その時計を見上げ私は彼女の言葉を思い出した。チクタクと動く柱時計は、彼を愛した祖母が死んでも、悲しむ様子無く時を刻む。来賓はみな帰り、残された家族はみんな、何となく動く気を失せたようにぼおっと座っていた。長く正座をしていたせいで、今更崩す気にもなれない。部屋の冷たい空気を動かすのは、秒を刻む時計の針だけだった。 誰も喋らない居間を、時計の鳴らす音がゆっくりと支配する。カッチ、カッチ、カ…チ、カ……チ。 まるで時計に合わせて世界が止まるように、ゆっくりゆっくり、私の中に音は響いていく。 カ。 チ。 気付くと世界は止まっていた。 まるで色を失ったように、世界は重くなっていた。 周りを見ても、父も母も兄弟も、止まっている。元から動かずにいた彼らだから、特におかしな恰好であるわけではないのだが。なんだろう、普通ではない違和感。 私は時計を見た。 振り子が、揺れていた。なのに秒針は止まっていた。時計の音もしない。振り子は左右に揺れている。いや、私は気付いた。まるで今さっき動かす力を抜いたように、動いていた頃の名残を残して、慣性で力なく揺れていただけだ。 思わず立ち上がり柱時計の前に立った。 「中に、いるの?」 心の中で半分馬鹿らしいと思いながら、祖母の言葉を思い出した私は、問いかけずにはいられなかった。 「……」 押し黙るような、沈黙を感じた。いる。この中にいる。 私は時計の盤を開た。ネジ巻きの単純な機械構造の向こう側に。暗くて見えない奥の方に、気配を感じた。 「ねぇ、なんで時間を止めちゃったのよ」 返事は返ってこなかった。時計の針は、十一時五十六分をさして止まっている。 私は柱時計の下で、膝を抱えて座っていた。もう振り子も止まっている。家族たちもあのまま止まっていた。 「ねぇ、明日が来るのが嫌なの?」 今日はお通夜だった。明日になれば、祖母の身体はこの家を離れる。もう何年も、この家を守り続けてきた祖母だ。古時計とも仲が深かったに違いない。彼は一体、祖母の傍で何回秒針を動かしてきたのだろう。やっぱり時計も悲しむのかな。時計ではない私は、勝手にそう思った。 私も動かないといいなと思った。離れたくないなと思った。こんなにおばあちゃん子だなんて、いま気付いた。 でも、 「そろそろさ、時間、だよね」 時間を知らない子供じゃないから。止まっているだけの子供じゃいけない。きっと祖母も、祖父や誰かの死を超えて、止まりそうになる時間を動かしてきたんだ。 私は腰をあげ、時計の前でネジを巻く動作をまねてした。 時計の中に住む人は、前へを向いたのだろうか。そして「ボーン」と一つ大きな音を上げた。静寂が壊れる。まるで時間よ動けと、言っているような声だった。 時計の中には住む人がいる。何年も前から、何年も先に向けて、一秒一秒、いまを刻んでいる。 |
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