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夏送り

「盆もそろそろ終わるんだね」
 蝉はまだうるさいのに、もうすぐ夏は一区切り。夕方の風が涼しくなってきたりすると、肌でそれを感じる。
「来年もまたここにおいでよ」
 うんと頷いて肯定した……つもり。ご先祖様の霊は子供の頃から可愛がってくれいた。だからか、どんなに平生を装おうとすぐに見抜かれてしまう。
「なんだいずっと沈んでるね。恋でもしたのかい」
 少女姿の彼女はほんの軽口のつもりで言ったつもりだろうが、図星だった。でもたんに図星なら、こんなに沈んだ気持になってはいなかったと思うのに。恋とかって、たぶん普通の恋とかって、もっと浮かれたりするもんじゃないのかなとか思うのに。
「おまえはいくつになったっけ」
「……14」
 大きくなったねぇ。溜め息と一緒に出た言葉だったので聞かせるつもりはなかったのだろう。どんな感慨含まれているのか計り知れそうもなかったが、子供姿のくせにやっぱり年寄りなんだなとだけおもって聞き流した。案の定、思ったことを悟られて、小突かれた。


「またご先祖様に小突かれてんのな」
 いとこの大樹が、スイカを持って縁側に来た。よく冷えて熟れたスイカは、塩をかけなくてもしゃりっと甘い。夕日に照らされて赤いスイカはいっそう赤い。
「どうせ、ブスとか年増とか若作りとかチビとか言ったんだろ」
「あ、うしろにご先祖様」
 それを聞いて慌てふためく大樹をみて、思わずスイカごと噴出してしまった。庭に向けて出なかったら大目玉を喰らっていただろう。嘘をつかれたと怒る大樹も顔は笑っている。子供の頃からの中というのは気楽でいいなっておもう。
 しばらくスイカを楽しみながら二人で談笑したりして、夕涼みをした。
「よかったなぁ。なんかおまえがこっちに帰ってきてからさ、ご先祖様たちもほかのみんなも、おまえが元気がないって気にしててさ。そんなことねぇよなぁって俺は言ってんだけどさ」
 折角一時でも忘れさせてくれた悩みを、こいつは簡単に引き戻してくれやがる。デリカシーがない。
「大樹ってさぁ、恋人とかできた?」
「はぁ? カノジョ? むりむり」
 やっぱりそこで、恋人イコール彼女と結びつけるのは普通のことなんだろう。あーあ、欠伸をして横に寝転がった。
「でも好きな人はいたりとか」
 大樹はちょっと遠くを見て。「……いねぇよぉ」とかいって。夕日の赤に顔を隠しても無駄だ。これは……いるんだろうなぁ。
 子供の頃から見て来た彼の顔だが、すこし凛々しく見えてしまった。


「夏って不思議だよね。もっと命溢れるっていうイメージの方が強いじゃない?」
 久しぶりに田舎の知り合いに会って、花火をしようとか誘われる。花火セットを消費し尽くして、最後の線香花火。苦手だ。煙にむせるし。
「でもさ、蝉とかなんてさ、いっせいに死んじゃったりとかしてさ。あれ、夏でもこんな事ってあるんだとか思うんだ」
 鈴音は足元におちた蝉を指先で弾いた。線香花火が大きく揺れた。ポタリ、ジュウ。
「彼岸だからね」
 線香花火を揺らさないように落とさないようにと頑張っている所に、鈴音が新しく火をつけた線香花火を近づけた。
「そっけないね」
 合わさってすこし大きくなった線香花火。合わせたそれがパチパチと火花を大き目に散らし始めた頃に、向かい合う彼女はぽつりと言った。
「なんかさ、いつもの元気がないよね。ははッ、もしかして向こうの学校とかで恋の悩み?」
「……うん」
 すこし大きめの花火が、かすかに揺れてしまった。ポタリ、ジュウ。
 丁度二本余った線香花火を一本ずつ。こんどはさっきみたいなことはしないで、ジッと自分の垂らす線香花火だけを見つめて。
「そっかぁ……」
 鈴音がなにに、そっかなんて言ったのか、知らないけれど。最後の線香花火。鈴音もむせたみたいで咳をして。目を押さえた。苦手だ。煙とか。


 逃げるように切り上げてきてしまったような気がする。別に何も気まずい事なんてないのに。今夜は用事があるから早めに実家に戻らないといけないからとか、心の中で主張してみたりして。
 田舎とはいえ、それほどなれた道ではないから、いつのまにか迷ったりして。何で田舎の道って、こんなに暗いんだろう。外灯から次の外灯まで結構離れていて、真っ暗ではないにしろ薄暗い。人も明かりも多い都会の夜に慣れると、この道は静か過ぎた。夏なのに、息を吐けば白くなりそうだ何て思うのは心寂しさのせいだろう、なんて。
 好きな人ができたのが本当だけど。それが二人いるというのに気付いたらどうだろう。ほれている片方が女で、片方が男だと気付いたらどうだろう。どうしていいのか分からなかったとか。学校を離れ田舎にいる内は押さえていようとした悩みだったけど、こんな所で一人になって思い出してしまう。
 いつのまにか川原に出ていた。真っ暗だったけど風が海面を撫でる音が教えてくれた。
 足を水につけようかと水際に行くと柔らかい感触があった。この時期は水辺に色々と妖怪じみた物も出るから、どれかとおもったけど、単なる魚だった。藻草に引っかかったのか岸辺に打ち上げられていて、こういう死に方は珍しいなぁと思った。彼岸だからかもしれないと鈴音との会話を思い出して、なんとなしにそっと魚を撫でる。ひんやりとしていた。
 一瞬、魚の目に光がうつったような気がして、驚いて一歩退く。
「こんな所にいたのまったく」
 なんてことはなかった、川上から流れてきた灯篭が魚の目に反射しただけだったようだ。ここらへんの地方では先祖の霊を送るのに灯篭流しをする。実家でもそれをするのではやめに帰るように言われていたのだが、どうやら間に合わなかったらしい。ご先祖様の声でやっとそれに気付いて魚から目を離した。
「ねえ……。男と女両方好きになるって、おかしいのかな」
「ああ、両刃遣いってやつねぇ」
 灯篭の上に浮かぶ少女は、とんでもないことを言う。
「べ、別にそう言う事じゃないんだけど……なんていうか、わかんないけど……好きになるのにさ、男とか女とか関係ないじゃん……とか」
 まあ、本当はご先祖様が言うとおりなんだと思う。何で本当に、こんな事を話ているんだろう。
 目の前に浮かぶ少女はふっと方から力を抜き、
「あれだね、バイセクシャルとかいうやつだね。そういうのもあるみたいだよ。別にいいんじゃないのかね」
 年寄りのくせに、横文字の言葉を良く知ってるなとか思いながら、灯篭の明かりはなぜかにじんで見える。こんな風に涙とか流したら、バレバレじゃないか。
 すいっと彼女は灯篭を岸の側まで寄せた。
「ホラおまえは、この魚と同じだよ。絡まってる。例えば『きっと良くないんだ」と思う心とかに。そんなんじゃぁ上手く泳げないよ」
 触れもしないくせに、ご先祖様は小さい手でぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「博愛主義と言っちゃえばいいのさ。好きに泳げばいいんだよ。まだ若いんだから。耄碌して泳げなくなる前にね」
 離れていくほかの灯篭を指差した。
「本当は、あの光と同じ。歳も男も女もかわらない。全部同じなんだからね。こんな可愛いわたしが本当は150才だったりね」
 と曽祖父が笑った。

「もう一回泳いできな」
 いってしまえと、藻草を取りさた魚を灯篭流しの船に載せて、月浮かぶ川にそっと放す。すこしは自由になれたかな。水面に線香花火を落としたようにゆっくりと向かってくる灯篭の大軍が、ゆっくりと落ちていくように川下へ遠ざかっていく。少女姿が手を振っていた。振かえした。


 燃える燃える。灯篭のあかりが、夜の闇を燃料にして。
 消える消える。灯篭の明かりが、夜の川のはるか彼方に。
 夏は灯篭とともに去っていく。


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