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オリエント教室

 担任の教師は国語の時間に、クラスを同じ人数ずつ五つにわけた班内でリレー小説をやらせてみるという課題をだした。国語は週に四時間ぶんの時間割があり、二週間かかってようやく全ての班が小説を完成させた。自宅、蛍光灯が切れかけて暗い部屋にて、教師はそれらを読む。
 担任が特に注目しているのは、三班の作品だ。小学生の書いたリレー小説のわりに、題名が『蛍光灯殺人事件』とらしくない。他の班はファンタジーやホラー小説を扱っているのだが、三班だけは少し趣が違うようだった。一班、二班はともにホラー小説で、子供らしい安直に見えて豊かな創造力が全開に出ていた。打ち合わせなどほとんどなかったリレー小説ということもあって、書き手が変わるたびに文体も雰囲気も、あるいは物語の核心まで一変する。オモチャ箱をひっくり返したような色彩豊かな混沌。子供を育てる教師としての枠を越えて、読み手としても大いに満足させてもらった。
 こんなふうであったから、密かにミステリー好きの彼は、小学生達の作り上げた『蛍光灯殺人事件』が一体どんな風に始まり、どのように展開し、どのように締めくくられるのが楽しみだった……はずだった。
 【『蛍光灯殺人事件』 3班  中岡こずえ、山田大、緒方夏子、土屋仲博、福住丸恵】。
 束ねられた作文用紙の一行目にはそう書かれていた。教師は溜め息をついた。

 中岡こずえはよく本を読んでいる子供だ。そのおかげだろう。整理された読みやすい文章だと担任は感じた。≪六畳くらいの真四角な居間があって、襖を開けば狭い台所。そしてくつ置き場のせまい玄関。そこに私達は閉じ込められていました。山田、土屋くん、丸恵ちゃん、緒方さん、そして私中岡こずえ。≫と、書き出しは始まる。班のメンバーがそのまま登場人物になっている。知り合いが登場人物になるのなら書き手も話を進めやすいだろう。なるほどと担任の教師は読みながらうなずいた。しかし『殺人事件』ということは、この班の誰かが殺され誰かが犯人なのか? クラスメイトが死んだりする話は不味いのではなかろうか、とも思う。
 彼らは破棄された郊外のアパートに遊びに行った。その一室に入ったのだが、ドアを閉めたとたんドアノブが壊れて開かなくなてしまったのだとか。≪三階の部屋だったからベランダからは出れない≫≪廊下に面した窓が台所にはあるんだけど、鉄格子がはまっていて≫≪玄関のドアは丈夫で、小学生のわたし達が身体をぶつけてもビクともしない≫と、細かい所に気を使い書かれていた。肝試しに廃アパートに出かけようと意気込む福住丸恵、慎重な緒方夏子がそれを渋って他のメンバーを引きとめようとする。山田大が「どうせ行くなら眺めのいい三階だろう!」と強引に方針を決めてしまう。一人一人の性格が忠実に再現されており、担任を感心させた。
 リレー二人目の山田大の番になっても、まだ殺人は起こらない。彼は推理小説というものを余り知らなく、アメリカドラマで言うところのXファイルのようなものだと解釈して続きを書いたようだ。閉じ込められた小学生に降りかかる怪奇。みなが知らないあいだに、花瓶に刺さっていた花が全てもぎ取られている。ネズミが食い殺されている。突然大きな音がして何が起こったんだと子供達がさわぐ。書き方や文章は雑であるが、彼なりに努力したのだろう。読み手を楽しませようとする彼の心意気が見えた。彼自身の視点で語るように物語が綴られたこともあり、そう読みにくいものでもなかった。最後、小説の中で山田大が死体を発見した場面で、中岡こずえが悲鳴を上げ、次の書き手にバトンが渡る。
 緒方夏子の書いた場所に入っても、まだ殺人はおこらない。それは教師には意外だった。彼女がミステリー好きだと言う事を知っていたからだ。リレー小説を書かせるという課題で三班がミステリーを書くということが決まると、彼女は教師に「ビタミン探偵」のことを語った。引っ込み思案で、思っていることを言葉にするのが苦手な緒方夏子は言葉足らずだった。そのせいで教師にはビタミン探偵なるものがどのような存在なのか今一理解できなかった。しかしそれでも、リレー内でそのビタミン探偵なるものを登場させたいという意気込みはわかった。だが、このように閉じ込められた環境で、まったく関係なさそうな探偵役を新たに登場させるのは難しそうだ。事前にリレーの前任者などに掛け合って、新しい人物を途中から登場させやすい話しにしてもらうことも出来ただろうが。交渉ベタな彼女には難しかったらしい。意気消沈してしまったのか、流すようなことばかりだけで、物語的に何の進展もなく彼女の書いた部分は終わってしまう。中岡こずえが悲鳴を上げ腰を抜かす。それを福住丸恵が支える。語り手の緒方夏子は後ろからそれを呆然と眺めている。山田大が発見した死体が誰だったのか、明かされはしないまま。
 土屋仲博は緒方夏子のなし得なかったことを軽々とやってしまう。子供特有の脱線などお構いなしなスタンスで我が道を行く。その部屋とは関係ない同廃アパートの違う場所でツンデレ仮面という怪人が登場し、正義に萌える探偵・仲博と対決する。「まさに怪人だ」と教師はちいさく呟く。≪そのとき ツンデレ怪盗二十面装の招待があばかれた!!! 探貞仲博はおどろきのこえをだす!! 「おまえはまさか、≫
 土屋仲博が作文用紙七枚に渡って誤字だらけながら書き上げ、最終的に舞台が月の裏側まで行った大スペクタルだったが、次の福住丸恵は当然のようにそれを無視し、物語を廃アパートの小学生たちに話は戻る。しかし総枚数が18枚と制限があったので、彼女が書ける枚数はわずか。
 内容は一行だけ書かれ、そして締めくくられる。
 ≪こ、この死体は……! トイレで大が見つけた死体に私達は驚いた。土屋が懐中電灯で暗いトイレの中を照らした。蛍光灯がチカチカとひかった。≫そこで終わる。
 また教師は溜め息をついた。思っていた以上だった。
 なにが?

 いじめがだ。

 意見などそれこそ聞いてもらえる事などなかったのだろう。緒方夏子以上に。彼はものの見事に省かれていた。土屋仲博以上に。「トイレと大」という組み合わせは、山田大自身がなかば自分で面白がってやっているからいい。彼がきたないあだ名で呼ばれていても、彼自身が気にせず、周りもじゃれて言っているようなものだからいい。あだ名が『蛍光灯』の彼は、保田川光は、明らかに、教師が思っていた以上にいじめられていた。最初は額が広いからとからかわれる程度の物だったのに、いつのまにか行為は増長して行く。教師がクラスメートに注意されればそれは公にいじめる者はいなくなったが……それでは意味がなかったことは明白だ。
 彼はリレー小説に加わることさえなかった。中岡こずえは「私達」のなかに保田川光を入れなかった。山田大はもしかしたら彼を「見えない超常現象」として扱った。緒方夏子は何もしなかった。土屋仲博は関わらなかった。そして福住丸恵は暴いた。六人目の走者にバトンは渡されなかった。彼は殺されてしまった。誰に。誰かに。誰もに。蛍光灯殺人事件。小説の中で殺されたのは、名前すら出してもらえなかった少年。では犯人はだれ?
 蛍光灯が切れかけて暗い自室教師はタバコを吸って、どうすればいいか考え、はく。チカチカと頭の上で蛍光灯が瞬く。教師は、どうすればいいかを考え、目を瞑る。まぶたの向うで、蛍光灯がチカチカと光っている。消えそうに光っている。


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