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杞にしすぎた男

 むかしむかし、杞の国の男がなにを思ったか「空が落ちてくるのではないか」と言い始めました。
 空が落ちてきたら潰されて死んでしまう。男はそうならないように空を支える柱を作り始めます。
 最初は皆一様に男を笑うだけでした。しかし真剣に毎日コツコツと煉瓦を積み重ねる男をみて、人々はいつのまにか男を手伝うようになります。いつしか世界中から男の元に集い巨大な空を支える柱作りに人が手伝いにきました。
 日ごと歳ごと煉瓦は詰まれ。歳月は過ぎ、何時しか柱は間近で見上げてもてっぺんが見えないほどに高くなりました。
 しかしそれに神様は気に入りませんでした。
 元々人間がどうこうするのに興味は有りませんでしたが、自分のところに来ようとするのだけは許せない。
 神様は雷や地震を起こし塔を崩します。そしてさらに、二度と世界の人々が結託できないように、人々の使う言葉をバラバラにしてしまったのです。
 男は頭を抱えました。空が落ちてくるのを止められない。そしてまた塔を作ろうとしても、紙に邪魔される。それにもう、世界中から彼のため集まってくれる人を望む事が出来ないのです。
 彼は上に立ち向かい柱を立てる事が無理ならば、せめて上から逃げて地下へ進み穴を掘ろう、としました。
 そして地中を掘り進む事三年、男は地中へと深く掘り勧めすぎたか地獄へついてしまいます。
 恐怖に震える男。しかし地獄の門番は「お前はまだ死んではいない。地上へ返してやろう」と言ってくれました。そして土産に重箱を持たせてくれたのです。
「だがこの箱を開けてはいけない」
 門番はそう言いました。そして男は奇妙な動物の背に乗せられ地上へと戻されました。
 戻ってきた男はまた「空が落ちてくるかもしれない」と言って毎日をビクビクと怯えて暮らしました。貰った箱を開ける勇気は男には有りませんでした。
 ある日仕事を終えた男が家へ帰ってくると、箱の中から声がします。
「開けて開けて。ここは暗いよ、寂しいよ」
 しかし男は恐ろしくなって開けません。
「開けて開けて。でないとお前を食い殺すぞ」
 箱の中の声はそう言います。男はますます恐ろしくなって開けません。
「開けて開けて。そうしたら、あなたの願いを叶えてあげましょう」
 ある日、箱からの声がそう告げました。男は聞き返します。
「ならば空が落ちてこないように出来ますか」
「それは難しい。しかしやってみよう」
 男は箱を開けました。とたん、白い煙がもくもくと立ち込めたのです。
 煙は男の家の中を一瞬にして満たし、外に漏れ国中を真っ白に変え、やがて煙は世界中を白く覆いました。
 慌てた男は急いで蓋をしめようとします。しかし煙のせいでよく見えず、なかなか上手く行きません。閉じる事が出来たのは世界を煙が覆い終えたころでした。
「こうすれば空は見えないだろう? もう空は無くなった。落ちてくる心配も無くなった」
 男の周りで煙の向こうから、箱の中からした声と同じ声が聞こえました。
「かわりに一面真っ白。何も見えなくなってしまった。お前は誰だ」
「私は"嫉妬""疑い""憎しみ""嘘""欲望""悲しみ""後悔"。ありとあらゆる閉じ込められていた不の感情。人はもう互いに信じる事すらかなわん」
 そして声は消えました。男はしてしまった自分を叱咤しました。しかしもう煙を箱の中に戻す事は出来ません。
 箱の中から違う声がしました。
「お願いです。私も出してください」
「もう騙されん。お前は誰だ」
「私は"未来""希望"。悪い心を拭えなくとも、視界を塞ぐこの煙を払う事くらいは出来ますよ」
 もうままよと男は蓋を開けました。すると箱から一陣の風が飛び出し、そして世界中の煙を吹き飛ばしました。
「もう大丈夫。嫉妬する事はあっても、あなたは忍耐する事が出来ます。疑う事はあっても、信じる心ももっています。嘘があっても、あなたは見破る目をもっています。欲望に負けそうでも、それに勝とうとする意志があります。悲しみに沈んでも、まだ次への希望があります。後悔の念を抱いても、明日という未来があります。そして私は目の前を隠す煙を吹き飛ばしましょう」
 そして風は世界中へと散っていきました。
 煙の無くなった家の中。男は窓から身を乗り出しました。そして上を見上げます。
 眩しいほどに青い青い空が見えました。


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