ミチルの部屋に、友人がフラッシュライトを連れてきた。 「な! 別嬪さんだろ」 そのフラッシュライトは、肩まで届かないくらいの短い髪を揺らしながら、玄関で息をまく友人の後ろにボゥっと立っていた。フラッシュライトに性別なんて無いけども、まあ外見から言えば女性だった。 「足が無い以外は、人間とちっとも変わらないんだぜ」 友人がフラッシュライトの手を引き、ミチルの部屋に上がる。確かに彼女は、足の部分が幽霊のようにスーッと消えていた。「幽霊のように」なんて言い方はおかしいかもしれない。フラッシュライトは幽霊と同じようなものだと、世間一般には認知されていたから。 「こいつを拾った時、本当は俺の家まで連れて行こうと思ったんだけどさ。あいにく、家族がいるからな」 最期に小さく付け足した「だから狭くて」というのは、いい訳だろうからミチルは気にしなかった。 「フラッシュライトなんて、拾ってどうするのさ。どうせいつのまにか消えてるのに」 「夢が無いな。おまえは宝くじにも、賞金三億円にも縁のなさそうだ」 そんなことを言いながらも友人は、まあいいからとフラッシュライトの彼女を、ミチルの部屋に押し込むよおうにする。 「じゃ俺、急がないとバイトだから」 「時間がないなら余計なことするなよ」 ミチルが友人の言い訳を聞かなかったように、友人もミチルのぼやきを聞かず出て行った。 それは、夜道で突然写真をとられるのと似ている。と言ったのは誰だろう。 何も見えない夜の中、ぱっと光にあてられ、目に眩みだけを残して光は闇に消える。一瞬の出来事だが、何よりも強烈に印象残る。 だから彼ら、もしくはその現象はフラッシュライトと呼ばれた。 別名:道端の幽霊。 友人に押し付けられたフラッシュライトは、魂が抜けたような顔をして、窓際に立ち外を眺めていた。消えている足にさえ目を向ければ人間と遜色ない。 個々まで精巧なものは難しいが、フラッシュライトは人間にでも作れる。「理由無く突然消える」。それがフラッシュライトと分別される条件だ。 (たしか、ヨーグルトに水性のりを混ぜたものを、どこかの火山で取れる溶岩石の粉末に混ぜて……) 出来上がるのは奇妙な塊だが、まごうことなく世界初の人工フラッシュライトだ。観測結果をまとめた何かの報告書によれば、いくつも作ったサンプルは、或いは一分後、或いは二年後に何の痕跡も残さず消えたと言う。研究者は「パッっとしか表現しようのない消え方をするんだ。まばたきをしただけで、消えている。幻覚にあったような……」と言葉に濁し語っていた。 日常的なことならば、確かに部屋の中に置いてあったものがいつのまにか紛失している現象もフラッシュライトだ。怪奇現象的なことだが、神隠しというのだってそうだ。ある日突然、フラッシュライトではなかったものがフラッシュライトになる事もあるらしい。科学的な証明はされてないが、事実としてすでに受け入れられていることだ。 自然に浮き上がるフラッシュライトは、フラッシュライトだと見分ける事が難しい。「突然現れた」「普通のものとどこか違う」などなど、そんな特徴があれば簡単に見つけられるのだが。 ミチルは彼女の足を見た。だが、無い物を見る賢者のような眼は彼にはない。 まばたきのあいだに消えていたりなんて言うから、ためしに十秒ほど目を瞑りまた開けてみた。 まだいた。 ミチルが今まで見て来たフラッシュライト。憶えている分の目録 【5歳】 ・蜘蛛の大群。幼稚園のトイレの壁にゾワゾワと現われ、ビックリしたらもういなかった。いまだにトイレの壁がトラウマである。 【6歳】 ・特撮モノの敵怪人。ある火家族と山にバーベキューに言った時、川の底を歩いていた。それ以来特撮モノは見ていない。 【9歳】 ・天井のクリスマスデコレーションにぶら下がる豚。目が合った瞬間、消えた。美味しそうだった。 【12歳】 ・夜の道端に佇む影。近くの電柱には花が添えられていた。単純に怖かった。 ・からっぽの車。窓から中を覗くと、座席もハンドルもなく、なぜか炊飯器が置いてあった。あれがエンジン代わりなのだろうか。 そういえばとミチルは思う。フラッシュライトを見たのは久しぶりだった。 シュラッシュバックが認知されるまで、ミチルは単なる幻覚だと思っていたから、これは子供の頃だけに見えるものなんだろうと漠然と考えていた。子供の頃は憶えているだけでも、人よりも随分多くのフラッシュライトに出会っていた。お陰で今では多少のことには驚かない。 「そういえば、子供の頃に一度だけ、人間のフラッシュライトとであった事があるよ」 彼女に向かって言ったつもりだが、反応はない。 「公園で一人だけで遊んでいる子がいたんだ。十分ほど話しをした。そしてら遊ぶ約束をしていたほかの友達がきてね。その子にも一緒に遊ばないかと聞こうとしたら……もういなくなってた」 部屋のフラッシュライトは、窓際に立ち、外に顔を向けている。 「君たちは……一体何がしたいんだろう」 彼女は外を見たままだった。 世の中には、世の中に絶望し、しかし自分で命を断つ事のできないひとたちがいる。彼らは良く呟く。 「フラッシュライトになりたいなぁ」 現実的な願いだった。ある日突然、フラッシュライトで無かったものが、フラッシュライトとなって、気付いたら消えているという現象は時々あるようだがら。 だからといって、フラッシュライトは、フラッシュライトに憧れる人間だけに訪れるわけではない。 世は儚い。 ミチルは今しがた盗み出した宝石を見つめた。 この宝石も、世界のほんの気紛れでフラッシュライトへと変わり、明日目を覚まして頃には消えてしまっているかもしれない。どんな厳重な部屋も、中にある宝石をフラッシュライトに成らぬようにすることなど不可能なのだ。 フラッシュライトはきまぐれに訪れる。フラッシュライトは平等に訪れる。すべては等しく抽選券を持っていて、世界がきまぐれに箱に突っ込んだ手の番号に、当たるも八卦当たらぬも八卦。 部屋のフラッシュライトはまだいるのだろうかと、ミチルがドアを開けた時、 「お帰りなさい」 まさかそんなことを言われるとはと、驚いた。多少のことには動じないミチルが。慌てて電気がともされる。 フラッシュライトの彼女は、窓の外に目を向けながら、お帰りとだけ言ったらしい。窓ガラスに反射した彼女の視線。魂のぬけたような表情。本当に彼女が今の言葉を言ったのだろうかとミチルは一瞬だけ疑って、今の声は、声だけのフラッシュライトだったんだろうと納得する。 三日たった。友人はフラッシュライトを迎えにこない。 きっと友人もフラッスライトだったのだろう。一瞬だけ目にやきつき、それだけ残して消えていく。滅多なことに動じないミチルは、すべてをその程度に受け止める。 窓際で外をボウッと見ているフラッシュライトを確認すると、ミチルは出かける準備を済ませる。今日の獲物はオークションに掛けられる骨董品。 何もかもがフラッシュライトな夜。ミチルは部屋の電気を消して出かけた。 |
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