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ゴミ捨て場で拾う

 僕がいつも歩く散歩道の途中に、もう使われていないゴミ捨て場があった。ブロック塀で囲われた小さなスペースは、緑色のフェンスでさらに四方と天井を囲われている。柵に掛けられたプラスチックの安っぽい札に、『ゴミを捨てないで!』と太い赤字が書かれていた。その文字の下には汚い手書きの注釈がついていて、『このゴミ捨て場は現在使われていません。ゴミを捨てないでください』。近辺の住人によって取り付けられた掛札なのだろう。
 いまは使われてないゴミ捨て場。木陰の目立たない場所にあり、この存在に気がついけたのは偶然と言って良い。緑色のフェンスで囲まれたこれに興味を持ったとき、この道を散歩するようになってから二ヶ月がたっていた。
 捨てられたゴミ捨て場というのは、なんだろう、この倒錯した存在がとても魅力的なものに見えた。また、このゴミ捨て場は静かな場所にあり、散歩途中の良い休憩場所でもある。そんなこともあり、この道を歩くときはこの場所で立ち止まり、ゴミ捨て場をじっと見ながら考え事をするのが常であった。
 人から忘れられ、静かで、汚く、古いこの場所は、独特な雰囲気を持っていた。
 苛立ちを腹の中に抱え込んでいても、冷たそうなブロック塀の積み重なりを見ていると、なぜか気持ちが落ち着いた。友人との些細なケンカで落ち込んでいたときも、ゴミ捨て場の端にこびりついている古く黄ばんだ汚物の跡を眺めていると、不思議なことに気が晴れてくるのだ。

 ある日のことである。
 いつものようにゴミ捨て場の前にやってきて、フェンスの中を覗きこんだ。すると、ブロックの塀と塀に挟まれた角に、鳩がうずくまっているのだ。柵の隙間から入り込んだのだろう。鳩のいる場所は藁や紙クズが敷いてあり、巣を作ったのだなと知れた。四方や天井のフェンスのおかげで、カラスやネコに狙われることも無いだろう。風はブロックの塀が、雨は上を覆う木の葉が防いでくれる。美味い場所を見つけたなと、鳩に感心した。
 散歩に一つ楽しみが増えた。雨の日はゆっくりあるいて、晴れの日もゆっくり歩いて、結局どんな日もゆっくり歩きながらこの道を歩いた。
 鳩は大抵、ゴミ捨て場の奥にうずくまっていて、灰色の体は見間違えようならば埃の塊に見えた。しかし、ブロック塀の隅でもぞもぞと動く埃の塊に、僕は愛着を感じ、見守ってやりたいと思うようになっていた。ときどき、陰になったあそこから、丸い瞳が僕の様子を伺っていた。鳩からすれば、僕は時々やってきては巣を覗く不届き者なのだろう。
「やあ」と、鳩なんかに声を掛けてみたいして。それから僕は、だれにも聞かれていなかったかを確認する為に周囲にきょろきょろと目をやるのだ。
 不味いことに、一人の女性が僕の奇行を目撃していた。彼女はそのまま、無表情で僕のいる場所を通り過ぎる。すれ違う一瞬、クスリと笑い声が聞こえた。赤面する僕を、なんだろうこいつはと、首をかしげて鳩が見ていた。
 そして、特に何もない日々がすぎていくのである。

 鳩が居なくなったのは、突然であった。散歩の途中に、フェンス越しにゴミ捨て場を覗いたのだが、鳩が居ないのだ。隅に作られたゴミ山の巣に、小さな卵が二つ鎮座している。親鳩が気になって僕はゴミ捨て場の前に座った。幾分か待ったが、親は帰ってはこない。人間が巣の前に居るせいで帰りにくいのだろうか。何度もこの場所を通っているのだ。少しは顔を覚えて欲しい。
 家に帰っても、あの二つの卵のことが気になって仕方が無かった。思いのほか卵は白く、そしてその丸さは美しいと思った。あの殻を破って小鳥が誕生する瞬間はどれほど変哲もなく、しかしそして感動的であろうか。あまり詳しく知っているわけではないが、温めないままで、卵は死んでしまわないのだろうか。ずっと、親の羽毛によって隠されていた卵が、あのように露出している光景は、また奇妙でもあった。ずっと座っていた鳩が、縮みに縮み、卵に戻ってしまったのかもしれない。そんな妄想を思い浮かべたが、そんなことはあるまい。夜は冷えるだろう。戻って、卵の上に毛布を掛けてやるのはどうだろうか。しかしフェンスが邪魔をして、そうすることはかなわない。こんな考えはまったくの杞憂で、もうとっくに親鳥が巣に帰っていきて卵を温めているかもしれない。しかし何故こんなに、卵が気になるのだろうか。
 次の日、僕はまたこの道を散歩していた。そして車に引かれた鳩を見つけたのである。その鳩は、内臓が飛び出ており、目が何処にあるか分からず、血が接着剤のようになって、体毛の全てがアスファルトに固定されていた。まさか、あの親鳩ではあるまいと、ゴミ捨て場に急ぐ。しかしやはり、卵はむき出しのままゴミ山の中に埋もれており。そして親の鳩はいないのだ。無垢に、何も知らず、何かを待つ卵をみていると、なんともいえなずもの悲しくに陥った。いやきっと、親場とはまだ生きていて、すぐに卵を温めに帰ってくるだろう。僕はすぐに散歩を再会し、家に帰ったのだ。
 しかし、家にいても頭からあの卵のことが離れないのである。なにより、あの丸い形が気に食わなかった。この感情はもはや、僕には説明しきれないものから湧き出る感情であった。

 朝になると、僕は朝食を急いで済ませてゴミ捨て場に向かった。小走りに目的地にたどり着くと、フェンスで囲まれたブロック塀の隅に、あの卵はまだあった。そういえばここに来るまでに鳩の死骸には気がつかなかった。もう掃除されてしまったのかもしれない。しかし、このゴミ捨て場にある卵には何人が気がついているだろう。撤去されるまで、しばらく相当の時間がかかるであろう。
 僕は拳大の石を拾う。そして卵めがけて、天井のフェンスから石を投げつけた。音もなく潰れる二つの卵。卵に形があったときから、形が崩れた跡まで、気持ちの悪さは変わらなかった。全てを済ませて僕は、駆け足でその場を後にした。いつぞやの女性が、僕の一連の行為を見ていて、なにか言いたげにしていたが、すぐに目をそらした。
 この散歩道は、僕にとってある意味で特別な道になったと思う。この道をたどると、誰も知らないような、忘れられたゴミ捨て場にたどり着く。そのゴミ捨て場はフェンスで囲まれている。なにか悩みがあるときここに来ては、ブロック塀に染み付いた黄色いものを眺めるのだ。悩みは、別の複雑な気分と混ざり合い、なんだか良く分からないものになって、消えてしまう。
 僕にとってここは、まさしくゴミ捨て場となったのだと思う。


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