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セレナの週末


 週末の法廷で、裁判官の木槌が軽い音を立てて打ち付けられた。開廷の合図だ。検察と弁護士、七人の陪審員が法廷に入室し着席すると、裁判官が口を開いた。
「被告の牛セレナは、牛の代表者として法廷にたつ。牛には以下の嫌疑をかけれている。まずは食糧難問題についての責任。環境汚染問題への責任。さらに健康問題への責任である。被告は登場してください」
 呼ばれて、被告のセレナが入場してきた。めかしこんで、全身黒い皮のうえにトラ柄の皮をかぶっている。法廷中から、蔑んだ視線が浴びせられる。しかしセレナの足取りはしっかりとしていた。弁護士がセレナに質問を求めた。裁判官がセレナに中央に立つように求める。セレナはただ一人見守る弁護士と視線を合わせると、こくりと頷いて中央に歩いた。
「まずセレナさんに質問です。牛たちはいままで、どんな役に立ってきましたか」
「私達は上質のお乳を提供しています。そのまま飲んだり、ヨーグルトやチーズにしたり」
「そのほかには」
 牛にそれを答えさせるのは少し意地悪だとセレナは思った。
「ええと、それからインドでは神聖な生き物として」
「古い話ですな。それ以外では」
「皮を加工されたり、お肉として食べられたりしています」
「そうです。このように、牛は我々の衣食住に及ばず、宗教的、社会的かつ心理的なところにまで貢献している存在でもあるのです」
 弁護士が言うと、わが意を得たりと検察が挙手した。
「ありがた迷惑という言葉があるとおり、その貢献がかえって害を及ぼしているというのが、今回の裁判の焦点です」
 にやりと笑い検察は弁護士とセレナを見た。
「まず、牛の肉が人間の食にとって必要なのか。そこに我々は疑問を持つのです。アメリカ国民の二割強が肥満と判断されています。現在の栄養学では、一日に摂取すべき動物性タンパク質は六十グラムから七十グラム。しかしアメリカ国民は平均して、この推奨量の二倍ちかいタンパク質を一日にとっているのです! 地域によって摂取すべき量は変わってきますが、しかし現在のアメリカでの摂取量は異常なほど過剰なのです。なぜ我々は多く肉を食べてしまうのか。美味しいからです。ある実験では、マウスに味のない栄養水を与えたところ、その水を摂取する回数は一日に五回から十回に収まったそうです。しかしそこにラードなどの脂肪を与えると、一日の摂取回数が四十回以上にもなりました。砂糖によって甘みを付加した水でもこのような結果が表れたそうです。極端な脂っこさ、極端な甘みは麻薬のように依存性や、習慣性を与えるのです」
「私達を毒のように言うのは止めてください。私達が食べているのは藁やとうもろこしですし」
 あまりの言いがかりに耐えかねたセレナが口を挟もうとすると、裁判官が槌を鳴らして注意をした。
「被告牛は、質問の返答以外のときは牛らしく『モウ』だけ鳴くように」
「申し訳ありません」
 話の腰を折られた検察が、気を取り直して言葉を続けた。
「牛の餌についての話が出ましたので、つぎの話に移りましょう。アメリカでは三億いる国民が日々食事をしているわけですが、当然家畜の牛も食事をしているわけです。牛が年間にどれほどの餌を食べているかというと、実に五億という人口の食料に相当する餌を消費している。とんだ食いしん坊ですな」
 傍聴席から笑いが漏れた。
「これだけの食料があるならば食糧難問題を少しは改善できるでしょう。また、トウモロコシ等をバイオエタノールの精製に回せば、地球温暖化問題に貢献できる。それなのになぜ、牛にこれら貴重な資源を貪らせないといけないというのでしょうか」
 演説を歌うような検察に、傍聴席からこんどは拍手が聞こえた。陪審員のうち数人も拍手をしている。この法廷に味方はずいぶん少ないようだとセレナは思った。
「まるで予定された劇場のよう。開催されているのはコメディね」
「何か仰いましたか?」
「いいえ」
「次にそう。環境問題ですね。よく知られていることですが、牛のゲップやおならに含まれているメタンガスが地球の温暖化をかなり深刻に進めています。おならやゲップが世界を危機に晒そうとは、前代未聞ですな。さらに牛達の流す糞や、餌の残りかすは川に流され、水中の窒素含有量を増大させています。増えた窒素は水中の微生物を増やし、赤潮やアオサを発生させて水中の酸素をへらしてしまう。魚や蟹などの水生生物達が大量に死に絶える。このような深刻な水質汚染の原因となっているわけです」
「ならば、水中の微生物も裁判に掛ければ良いじゃない」
「被告は発言を求められたとき以外はモウと鳴くように!」
 裁判官が槌を甲高く鳴らした。この場所に味方などいないのだなとセレナは達観し、ぞんざいに答える。
「モウモウ」
「モウは一回でよろしい」
「モウ」
 検察は勝利を確信した様子で話を続けた。
「このように、どの側面から見ても増えすぎた牛は悪であり、地球に毒素をばら撒くガン細胞であるのです。私は彼ら牛達が罪に処せられるべきだと確信しております。以上、私の発言を終わります」
「検察は着席してください。被告と弁護側は何か発言がありますか」
 セレナは弁護士をみたが、彼はもう何も言えることは無いという様子でしょんぼりとしていた。セレナには言ってなにか得になりそうなことは思いつくことはなかった。しかし言いたいことはあったのだ。セレナはどこかできいた言葉を引用した。
「私は夢をみる。つまりいつの日か、この国が立ち上がり、『我々は信じている。すべての動物は平等に作られている事は自明の真理であることを』というこの国の信条を真の意味で実現させることだ」
「本件には関係ありませんな」
 そういう裁判官をみて、セレナはきっと牛族たちは有罪になるだろうし、その後に待ち受ける未来がどのようなものかも大体の想像が付いたのである。退場を促されて、法廷を四本足で立ち去るセレナは、足元が崩れていくように感じた。そして黒い足や体が暗闇の未来に吸い込まれるように落ちていくのだ。
 それでも、退場仕切る前にセレナは振り返り、法廷中に響き渡る声でいった。
「確かに牛は増えすぎています。まるで地球の赤潮みたいに、空気も栄養も食い尽くそうとしている。でも、でも人間たちが滅びてしまった今、罪は牛にあるのでしょう。とっとと地球から去ってしまった人間たちから押し付けられた罪。ああ、今日はもうどうしようもない日曜日だけど。私はまだ立ってるんだわ。あなたたちオラウータンから毒といわれようとガンといわれようと、この地球で立って歩いて、ただ生きている同じ動物なんだわ」


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