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誓いの名

 全てに理屈がつくなんてロマンのかけらもない。科学よりも、魔法のほうがずっと素敵。かつて森野・キンジー・栄子は魔女に憧れる少女だった。
 家にいた猫にジジと名前をつけた。彼女が好きなアニメにでてくる魔女の、使い魔である黒猫の名前だ。残念ながら栄子の家にいた猫は黒ではなく灰色だったが、綺麗な緑色の目をしていて、それがお気に入りだった。
 ジジと共に近くの林に入り、野性のハーブやきのこを取ってくる。それを鍋に入れぐつぐつ煮込んで魔女の秘薬を作ったと喜んだ。得体の知れない液体を、母親はすぐさま庭に捨ててしまったが。
 彼女の魔女熱はとどまらず、ある日彼女はホウキにまたがって屋根から飛び降りた。

「もちろん墜落してね。目からピヨピヨって星が出て回ったわ」
「よくご無事でしたね」
「全治三ヶ月よ。まだ子供で、空を飛べるほどの魔女ではなかったのね」

 あきれた両親は、彼女の周囲から徹底的に魔女的なものを排除した。ネコのジジは親戚の家に引き取られ、台所には立ち入り禁止。部屋にあった魔法や神秘についての本は捨てられ、ホウキは庭の焚き火になった。大泣きする彼女に「もう魔女は諦める」と誓わせて、やっとネコが家に戻ってきたくらいが彼女の取り戻したものだろう。ただしジジと言う名前は別の名前に。

「あなたは一人用の宇宙船のライダーになりましたが、船の名前はあなたが?」
 メモを取っていた記者が尋ねる。
「その通り」人差し指を立てて、栄子は答えた。油の入っていないライターをかちかちとやるのは癖だろう。タバコを吸うのを我慢しているに違いない。
「夢を諦めなかったのですね」
「そうね。科学の力を借りたって言うのは、癪だけどね」

 とはいえ、諦めかけたのも事実だ。何日もふさぎ込み、サイエンスと名付けられたネコを抱きしめて部屋の中に閉じこもった。両親は心配はしたけれども、子供の為を思ってしていることだと、魔女の夢を諦めさせることを妥協しない。魔女という存在が夢物語だということはわからなくもない。いつまでもサンタクロースを信じたままではいられないように、魔女という童話的な憧れも、現実に生きるのならば見切りをつけねばならないのだ。
 ある日、栄子が布団にもぐりこんでいると、「もしもし」と呼びかける声がした。布団から片目だけ出すと、そこには老婆がいた。部屋の鍵は掛けてある。窓もしっかり閉まっていた。どこからも入り込めはしないはずだ。
 おなかはすかない? 老婆は言った。
 誰だと問うと、老婆は「魔女さ」と言った。嘘だ、と涙で目を晴らした栄子は呟く。魔女なんて、いるわけないじゃない。
 お前は勘違いしている。魔女はいる。魔女にはなれる。だけど誰も知らないだけだ。だれも魔女を認めたくないだけだ。現実は苦いものと思っている。甘い夢が入り込むのを許したくないだけだ。
 だけど魔女はずるをする。魔女でいたいからずるをする。湯気立つ黒い液体を飲み、これは苦い珈琲だという。そう言って甘いココアを飲む。それが魔女のやり方なのさ。現実にいるのに、夢をかなえる。
 だから諦めるな。魔女になることを。誰にも教えるな。魔女であることを。
 科学を信じるふりをすればいい。科学は隠れ蓑。魔法を信じる心は、黙せど忘れず。老婆がネコの頭を撫でた。このネコの名前をもう一度変えよう。一文字だけとりかえて、お前の名はサイレンス。眠っていた猫が、よびかけに答えるように目を開ける。緑色の綺麗な目が、栄子を見た。

「なんてね。この話、信じれるかしら」
「もちろん。仲間達のいい励みになるでしょうね。我々にとってあなたはかがり火になる」
 記者がにっこりと笑う。栄子の持っていたライターに、ぼっと音を立てて火が立った。油は入っていなかったはずだ。
「我々の仲間から、科学を利用して夢をかなえたものが出たなんてね」
 そこまで言われて、栄子も相手の正体に気がついた。にっこりと笑って強く、強く握手をする。
「宇宙への旅、ご健闘を祈ります。あの船はいい船ですよ」
「ええ。私の愛機です」
 その名を、【ほうき星】。


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